文系宇宙工学研究所へようこそ!



    宇宙ニュースが中心のブログです。同人サークル「液酸/液水」の告知ページでもあります。

    告知板  ※Flash環境推奨。
      ようこそ文系宇宙工学研究所へ。
      管理人・金木犀の同人サークル「液酸/液水」の告知ページも兼ねています。

      ロケット打ち上げ見学の案内がメインのはず。種子島、内之浦のロケット&観光情報、最新の宇宙ニュースなどを紹介。
      打上げ見学記「ロケット紀行」シリーズ、打上げ見学と宇宙関係施設観光のためのガイドブック「宇宙へ!」などの同人誌を販売中。


     オススメ・お役立ち  
      ・種子島ロケット見学マップ(PDF版:2010年現在)はこちら(リンク先画面のダウンロードをクリック)
      ・ロケット見学案内記第6版(PDF版:2011年現在)はこちら(リンク先画面のダウンロードをクリック)

    イベント参加予定:コミックマーケット92於東京ビッグサイト 8月12日(土・2日目)東ペ-56a 

    イベント以外での本の購入は以下のバナーをクリック↓
        紙版:自家通販     紙版:ショップ委託(通販あり)
         

         電子書籍配信          電子書籍配信
         

    能代&道川写真
     デジカメの写真です。

     まず能代から。M-V-2の2段目になるはずだった、M-24-2モータ(固体ロケット)の燃焼試験です。

    SANY0216.jpg   SANY0230.jpg   
    左:試験前に看板を撮影 右:実験前30分だけの猛吹雪、三脚もカメラも凍り付く。

    SANY0222.jpg   SANY0224.jpg
     左:燃焼開始直後 右:出力最大!(ほとんど爆発にしか見えません・・・)
     カウントダウンは肉声でした。

    SANY0226.jpg   SANY0229.jpg
     実験終了後の施設。 右:700m警戒区域を示す赤旗。

    SANY0238.jpg   SANY0241.jpg
     左:もっと寄って撮影。焦げているのが分かります 右:色の変わった海面


     次に道川。かつて秋田ロケット実験場のあった場所。
     今は自然に還り、施設の後を偲ぶのは、ただ松林の中の記念碑のみ。

    SANY0286.jpg   SANY0289.jpg   SANY0325_20080311223115.jpg
     左:道川駅 中:記念碑「日本ロケット発祥記念之碑」 右:道川実験場平面図

    SANY0291.jpg    SANY0299.jpg
     記念碑アップ。

    SANY0292.jpg   SANY0293.jpg   SANY0296.jpg
     左: 勝手川北岸(上記平面図「1962年」の方向) 中:勝手川南岸(上記平面図「1955年」の方向) 右:国道7号(手前の橋)と羽越本線(奥の橋)。実験場のあった当時は、道路は羽越本線の向こう側にありました。
     実験場が勝手川南岸にあったのは1955年遅めか1956年前半まで。1955年9/24から11/4までベビーRが南岸の旧実験場で、1956年9月24日にK-1型1号機が北岸の新実験場で打上げられたことが明星電気のwebページで確認できました。南岸実験場は未確認ですが、北岸実験場(便宜的にこう呼ぶことにします)は、エンジンテストスタンドやテレメータ・レーダー棟を除くと最後まで木造の仮設建物だったようです。
     道の駅岩城の展示パネルによれば、現在の記念碑は、南岸の「旧4メートルレーダー点」付近に建立されたとのことですが、私見によれば上掲の平面図(1955年)の4:「無線アンテナ」付近に比定できるかと思います。ただし、護岸工事や防風林の造成に加えて、河口の位置も国道の位置も変わってしまっているので、正確な特定は難しいです。
     なお、付け替え前の国道は生活道路としてまだ残っています。詳細な地図があれば実験所諸施設のおおざっぱな位置特定はできるかもしれません。

    SANY0306.jpg
     「道の駅 岩城」にあった、L-4S-5の模型。

     写真では見にくいので、「日本ロケット発祥記念之碑」銘文を全文翻刻します。
     タテ書きをヨコ書きに改めましたが、改行と字下げは原文通りです。

    日本ロケット発祥記念之碑
    昭和三十年八月六日国産初のペンシルロケットが東京大学生産技術研究所によって
    この海岸で打ち上げられた。昭和三十二年七月から昭和三十三年まで実施される
    国際地球観測年に参加するための予備実験であった。
    以来昭和三十七年五月のカッパ8型十号ロケットまで七年間に八十機余のロケット
    実験が行われた。最初のロケットは全長二十三センチメートル、高度六百メートル
    であったが、昭和三十六年打ち上げの三段式ロケットカッパ9L型機は全長
    (ロケットの図:ペンシルもしくはベビーと思われる)
    十二、五メートル、高度三百五十キロメートルと長足の進歩を遂げた。
    世は正に宇宙時代、宇宙への夢はさらに大きく膨らむであろう。日本の宇宙時代の
    夜明けとなったロケット発祥の地道川海岸を永く後世に伝えるため岩城町誕生三十
    周年を記念しこの碑を建立する。
           昭和六十年七月吉日     岩城町長 前川盛太郎

    日本ロケット発祥記念の碑

     STS-123打上げ成功おめでとうございます。「きぼう」に希望はあるのか、という問題はさておき、無事なのはめでたいことです。土井隆雄さんも頑張って下さい。

    別窓 | 宇宙開発 | コメント:0 | トラックバック:0 |
    <<明石のツァイス・イエナ、現役続行へ 金木犀の宇宙的雑文20 | 文系宇宙工学研究所 | まず沖縄の写真から>>
    この記事のコメント
    コメントの投稿
     

    管理者だけに閲覧
     

    この記事のトラックバック
    | 文系宇宙工学研究所 |
    1. 無料アクセス解析